不運はまだやって来た、実母の記憶から娘の私が消えた

白痴、認知症と言う話で親の記憶から娘の私は消えました

ないない話
職場が予定変更廃業で無職、仕事ない
貯金ない
右腕上にあげれない
生きて家に戻れる保証ないと言われたので本尊返納、御本尊様ない
子供達全員に親の面倒一生見れませんので一生会いませんと絶縁縁切り

あと家族は母1人だけでしたが、母の記憶から私が消えました

今日は酒飲みます

題目あげます
私は池田先生の考え方が好きでした
宗教だけでは物事解決しません
幸せにならなきゃ生まれて来た生きてる意味がない
苦しい時こそ悠々と前に進め
どんな時でも強気で行け

宗教だけでは物事解決しないと言うのは正しいですが結局宗門から宗教軽視と解釈されて破門されました
活動家の方は宗門を創価の恩をあざで返したと解釈してる方もおられますが、私は宗門も維持費がかかるので創価と共存共栄できるならそれにこした事はないと思ってたと思います
会長になった理由の一つに池田先生は作家志望で自分の文章を読んでほしいと思っていました
宗門と別れたのは1番大事な方向性が違うのでやむを得なかったと私は思います
それをどちらが悪いと議論するのは生産性ないかなと私としては思ってます

勤行0分問題にも触れておきます
私が小学生の時池田先生はずっと外国を渡り歩いておられて仏壇もないのに勤行できませんよねと40年くらい前から私は言ってました
母は車の移動中に座席で心の中で題目あげてると言ってました
家には帰らないのだから、勤行も会館でできる時だけですが仕方ないかなと思います



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